大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成8年(ワ)1292号 判決

呼称

原告

氏名又は名称

サンモール電子株式会社

住所又は居所

兵庫県神戸市中央区東町一一三番地大神ビル五階

代理人弁護士

中村良三

代理人弁護士

岡時寿

代理人弁護士

明賀英樹

輔佐人弁理士

岡村俊雄

呼称

原告

氏名又は名称

原昭平

住所又は居所

兵庫県神戸市東灘区篠原北町三丁目二番五号

代理人弁護士

中村良三

代理人弁護士

岡時寿

代理人弁護士

明賀英樹

復代理人弁護士

黒田一弘

輔佐人弁理士

岡村俊雄

呼称

被告

氏名又は名称

トーグ安全工業株式会社

住所又は居所

大阪府松原市三宅中八丁目五番一号

代理人弁護士

村林隆一

代理人弁護士

今中利昭

代理人弁護士

浦田和栄

代理人弁護士

松本司

代理人弁護士

辻川正人

代理人弁護士

岩坪哲

代理人弁護士

深堀知子

代理人弁護士

田辺保雄

代理人弁護士

南聡

代理人弁護士

冨田浩也

代理人弁護士

酒井紀子

輔佐人弁理士

永田良昭

主文

一  被告は、別紙イ号物件説明書記載の内照式保安灯を製造し、販売してはならない。

二  被告は、前項の内照式保安灯を破棄せよ。

三  被告は、原告らに対し、金二三六二万五〇〇〇円及びこれに対する平成八年七月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

六  この判決は主文一項及び三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文1、2項と同旨

2  被告は、原告らに対し、金五七七五万円及びこれに対する平成八年七月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」という。また、その考案を「本件考案」という。)を有している。

(一) 登録番号 第二〇四二〇二三号

(二) 考案の名称 内照式保安灯

(三) 出願日 平成元年二月三日

(四) 出願公開日 平成二年八月二三日

(五) 出願公告日 平成六年三月九日

(六) 登録日 平成六年一二月六日

2  本件考案の構成要件(以下の項順に「構成要件(一)」などという。)は、本件考案の実用新案公報(以下「本件公報」という。)に記載された実用新案登録請求の範囲(以下「本件登録請求の範囲」という。)に従ってこれを分節すれば、

(一) 基台とこの基台につづく段部とこの段部につづく円錐形のコーン部とが光透過性を有する合成樹脂で一体に形成され右段部内に照明装置取り付け用の台座が形成されているカラーコーンと、

(二) 右コーン部の下端部に沿う外径と傾きをもつ載頭円錐筒状の立ち上がり辺とこの立上がり辺の下端部から外方に延在するフランジ状の辺とを有し右台座に取り付けられて右段部との間に収納空間を形成する環状のケースと、

(三) 右環状のケースに設けられ電池を収納空間内に収納する電池ケースと、

(四) 右環状のケースの立上がり辺に所定の周間隔でもって環状に配設され右電池から給電されて斜め上内側方向に向かって光を放射する複数の発光ダイオードと、

(五) 右環状のケースに取り付けられ右電池から右複数の発光ダイオードへの給電をオン・オフするスイッチ手段とを、

備えた内照式保安灯であるということになる。

3  本件考案の作用効果

(一) 従来の内照式保安灯は、カラーコーンの内部の下部に白熱電球用の内照装置を取り付け、接続コードによって外部から給電するというものであったため、▲1▼ 寿命が短く破損し易い白熱電球の交換や給電のためのコードの接続に多大の手間がかかり、▲2▼ 内照装置が邪魔になって積み重ねができないため、収納、運搬に不便であるという問題があった。

本件考案は、右▲1▼の問題を解決するため、光源として発光ダイオードを、電源をカラーコーン内部に収納する電池とし、右▲2▼の問題を解決し、内照式保安灯の積み重ねを可能にするため、それら光源及び電源をカラーコーン段部の空間に収納する工夫をしたものである。

(二) 本件考案において、カラーコーンの段部の内側と本件考案の構成要件(二)の環状ケースとの間の空間は、発光ダイオード、電池、配線、スイッチ手段といった照明装置を設置する収納空間となり、環状ケース立上がり辺には、複数の発光ダイオードが所定の間隔で環状に配置される。

そして、本件考案においては、環状ケースの内側(収納空間の反対側)はカラーコーン積み重ねのための空間となり、かつ、環状ケース立上がり辺の位置及び傾斜は積み重ねの障害にならないよう工夫されているものである。

(三) 電池から給電された発光ダイオードが放射する光は、構成要件(一)の円錐部分内壁面に当たってその一部が透過するとともに乱反射され、この乱反射と透過とを繰り返しながら円錐部頂部に向かうので、円錐部分全体が照射され、カラーコーンに対する外部からの視認性が向上する。

以上のことは、環状ケースが透明の合成樹脂製の場合であっても、不透明の環状ケースの発光ダイオードの部位に透光部又はスリットを形成した場合でも同様である。

4  被告の本件実用新案権侵害行為

(一) 被告は、平成二年一一月頃から別紙イ号物件説明書記載の内照式保安灯(以下「イ号物件」という。)を業として製造し、販売している。

(二) イ号物件は、カラーコーンの形状・材質、発光ダイオード・電池・電池ケース・配線・スイッチ手段によって照明装置を形成している点、それら照明装置を設置し収納する環状のケースの形状において、本件考案に係る構成要件(一)、(二)、(三)及び(五)を充足している。

(三) 環状ケース立上がり辺の上端部に所定の周間隔でもって複数の発光ダイオードが環状に配設され、これら複数の発行ダイオードは電池から給電され、カラーコーン円錐部分の上方と内側方向に向かって光を放射する構成になっており、構成要件(四)を充足する。

(四) なお、イ号物件のカラーコーン円錐部分の外周面の二箇所には、リング状のスコッチライト反射板が設けられているが、カラーコーンが光透過性を有する合成樹脂で一体形成されていることには変わりはなく、イ号物件は、本件考案の構成要件全部を充足しているものである。

5 補償金請求

(一) 原告サンモール電子株式会社(以下「原告会社」という。)は、本件考案の出願公開後である平成二年一二月一〇日到達の内容証明郵便をもって、被告に対し、本件考案の内容(出願番号、公開番号、公開日、本件登録請求の範囲の記述)、出願公告後に補償金を請求する旨等を記載した書面を提示して警告した(以下「本件警告」という。)。

(二) 本件考案が比較的簡単な構成のものであるため、平成二年一二月当時イ号物件の製造販売を開始していた被告が、本件登録請求の範囲の記載を読めば、本件考案の内容を十分に把握することができたはずであること、出願番号及び公開番号が分かれば、本件考案の公開公報を容易に入手することが出来ること、公開公報の発行後には必要に応じて特許庁が保管している明細書、補正書、意見書等の包帯資料を閲覧謄写することが可能であることに鑑みれば、本件警告は、平成五年法律第二六号による改正前の実用新案法(以下「旧実用新案法」という。)一三条の三第一項にいう考案の内容を記載した書面によるものということができる。

(三) 仮に本件警告が補償金請求の前提としての警告にあたらないとしても、被告は、平成三年一月二一日までの間に本件考案についての公開実用新案公報を取り寄せ調査しているのであるから、被告は少なくともその時点において本件考案が出願公開された実用新案出願にかかる考案であることを知っていたものである。

(四) 被告は、イ号物件を「LEDピカレスコーン」又は「ピカレスコーン」の名称で、平成二年一二月一一日から平成六年三月八日(本件実用新案権の出願公告の前日)までの間、一個当たり三五〇〇円で少なくとも毎月五〇〇〇個販売し、これにより六億八二五〇万円以上の売上を得た。

右売上金額に五パーセントを乗じた三四一二万五〇〇〇円が、本件実用新案権の実施料に相当する補償金の額となる。

6 損害賠償請求

被告は、平成六年三月九日(本件実用新案権の出願公告の日)から平成八年六月三〇日までの間、イ号物件を一個当たり三五〇〇円で少なくとも毎月五〇〇〇個販売し、これにより四億七二五〇万円以上の売上を得た。

右売上金額に五パーセントを乗じた二三六二万五〇〇〇円が、本件実用新案権の実施料に相当する原告らの損害である。

7 よって、原告らは、本件実用新案権侵害行為に基づく損害の賠償として、右5及び6の合計五七七五万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成八年七月七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)及び(二)の事実は認めるが、(三)の事実は否認する。

本件公報の考案の詳細な説明によれば、本件考案の発光ダイオードは「斜め上方向に向かって光を放射し」、「光が環状のケースをとおってコーン部の内壁面に当たり、透過と乱反射を繰り返しながら頂部に向かうのでコーン部全体が照射される。」という作用効果をも奏するとされ、本件公報には、その作用効果が得られる実施例として、約四五度程度内側に傾いて光を放射するよう配置された発光ダイオードが記載された図面(第1図)が示されているが、そのような実施例では発光ダイオードから斜め上に放射された光の大部分がそのままカラーコーンを透過するため、円錐部分の中央付近が照射されるだけで円錐部分全体が照射されることはない。

したがって、本件考案はその意図した作用効果を得られることができない実施不能の考案というほかないから、本来は、無効審決がされるべきであるが、本件訴訟においては、本件登録請求の範囲は実施例に限定して、すなわち、本件公報の第1図に示されているように、光の放射角度が四五度になるよう発光ダイオードが環状ケースに配置されるものに限定して解されるべきである。

4(一)  同4(一)の事実は、イ号物件の発光ダイオードが「上方と内側方向に向かって光を放射する」との点(イ号物件説明書の本文末尾から四行目)を除き認める。イ号物件の発光ダイオードは、「上方」に向かって光を放射するのである。本件考案の構成要件(四)におけるように、「斜め上内側方向」に向かって光を放射するのではない。

(二)  同4(二)は認める。

(三)  同4(三)及び(四)は争う。

イ号物件の発光ダイオードは、「上方」に向かって光を放射するのであって、本件考案の構成要件(四)におけるように「斜め上内側方向」に向かって光を放射するのではないから、イ号物件は本件考案の構成要件(四)を充足しない。

本件考案の構成要件(四)にいう「斜め上内側方向」に向かって光を放射する複数の発光ダイオード」とは、実施例のように約四五度程度内側に傾いて光を放射するよう配置された発光ダイオードを意味するものと解されるから、イ号物件の発光ダイオードがそのようなものでないことは明らかである。

また、イ号物件は、カラーコーンの頂部付近を直接照らし出すものであって、乱反射を利用して円錐部分全体を照らすという作用効果も有しないものである。

5  同5(一)の事実は認めるが、(二)の主張は争い、(三)及び(四)の事実は否認する。

本件警告は、本件考案の詳細な説明と必要な図面を記載した書面に基づくものでないので、補償金請求の前提としての警告には該当しない。本件考案は、考案の詳細な説明を見なければ正確に理解できるものではなく、被告が公開公報を入手したとしてもこれには考案の詳細な説明の記載がないから、所定の警告を行うためには、原告らとしては、被告に対し、特許庁へ提出した全ての明細書を送付すべきであり、この送付がない以上被告は本件公報が刊行されるまでは本件考案の内容を知ることができなかったものである。

また、平成二年一二月一一から平成六年三月九日までの間のイ号物件の売上金額は、合計七七五九万五〇〇〇円である。

6  同6の事実は否認する。

平成六年三月一〇日から平成八年六月三〇日までの問のイ号物件の売上金額は、合計四一四四万八七五〇円である。

7  同7は争う。

三  抗弁

1  本件実用新案権の出願の経過は次のとおりである。

(一) 原告原昭平(以下「原告原」という。)は、平成元年二月三日、実用新案登録を出願したが、その出願時に提出された考案の明細書(以下「原明細書」という。また、原明細書に添付された図面を「原図面」という。)に記載された実用新案登録請求の範囲は、「円錐形道路標識(1)の底部内側に透明体の環状ケース(2)を設け、そのケース内に発光ダイオード、電池等を内蔵させたことを特徴とする道路標識」というものであった。

(二) 原告原は、平成二年一〇月一七日、原告会社に実用新案登録を受ける権利の二分の一を譲渡し、実用新案登録名義人の変更届を提出した。

(三) 原告会社は、平成二年一一月六日、原明細書の全文及び全図面を補正する手続補正書(以下「本件補正書」という。)を提出した(以下「本件補正」という。)

(四) 本件補正書に記載された実用新案登録請求の範囲の記載は、本件登録請求の範囲の記載(請求原因2)と同一である。

2  原明細書の実用新案登録請求の範囲と本件登録請求の範囲(本件補正書に記載の実用新案登録請求の範囲)との間には、以下の(一)ないし(五)のとおり、技術的事項の相違があるから、本件補正は、旧実用新案法九条一項によって準用される平成五年法律第二六号による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)四〇条にいう要旨の変更に該当し、本件実用新案権は、本件補正書が提出された平成二年一一月六日に出願されたものとみなされる。

(一) カラーコーンの形態

形状については、原明細書では「円錐形」としか記載がないが、本件補正書では「基部」「段郡」「円錐形のコーン部」「段部内の照明装置取り付け用の台座」が形成されることになっており、材質については、原明細書には記載がないが、本件登録請求の範囲では「光透過性を有する合成樹脂」とされている。

(二) 環状ケース

原明細書では「透明体」に限定されていたが、本件登録請求の範囲では透明体であることを構成要件から外している。

(三) 電池ケース

原明細書では電池ケースの記載はないが、本件登録請求の範囲では環状ケースに設けられた収納空間に収納するものとされた。

(四) 発光ダイオードの配置

原明細書では環状ケース内に内蔵されるというだけであったが、本件登録請求の範囲では環状ケースの立上がり辺に周間隔で複数配置されることになっている。

(五) スイッチ手段

原明細書の本件登録請求の範囲にはスイッチ手段の記載がないが、本件登録請求の範囲では記載がある。

3  被告は、本件考案の出願時(本件補正の時点)にイ号物件の製造を開始していたから、イ号物件に関しては、本件考案について先使用による通常実施権を有する。

4  また、本件補正の時点ではイ号物件が実際に製造されていたのであるから、本件考案は出願時に全部公知のものであったといわなければならない。

したがって、本件登録請求の範囲は、本件公報に記載された実施例に限定して解釈されなければならないところ、既に述べたとおり、イ号物件は本件公報に記載された実施例とは異なる構成であるから、イ号物件の製造販売は、本件実新案権の侵害行為に該当しない。

四  抗弁に対する原告らの認否・反論

(認否)

被告の主張1の事実は認めるが、同2ないし4は争う。

(反論)

旧特許法四一条によれば、出願公告決定の謄本の送達前にされた本件補正は、実用新案登録請求の範囲を変更するものであっても、原明細書又は原図面に記載された事項(それら記載から当業者にとって自明の周知技術とを含む。)の範囲であれば要旨の変更にならないのであって、本件補正が却下(旧実用新案法一三条によって準用される旧特許法五三条)されていないことに照らしても、本件補正が要旨の変更に該当しないことは明らかである。

被告主張の点は、次のとおり、いずれも原明細書又は原図面に記載された事項であるということができる。

1 カラーコーンの形態

本件考案は、従来存在していた円錐形道路標識の形状を殆ど変更することなく、照明装置の構成を変更したものであって、原明細書記載の照明装置の構成と従来型の円錐形の道路標識を組み合わせた場合には、本件登録請求の範囲のような形状のカラーコーンが形成されることになるにすぎない。

2 環状ケース

原明細書において環状ケースが透明体とされたのは発光ダイオードが放射する光を透過させるためであって、それ以外には特段の意味のないことは原明細書の記載から明らかであり、光を透過させることのできる(例えば、スリットを設けたもの)環状ケースであれば、透明体ではない環状ケースを用いることが可能であることも明らかである。

3 電池ケース

原図面の1図ないし3図には電池を収納空間に収納された状態が記載されているのであるから、そこには電極用金具のある電池ケースが必要となることは明らかである。

4 発光ダイオードの配置

原図面1図ないし3図には、環状ケースの立上がり辺に周方向に適当な間隔で配置された複数の発光ダイオードが記載されている。

5 スイッチ手段

原明細書及び原図面のいずれにもスイッチの記載はある。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一  イ号物件の本件考案の構成要件該当性について

一  請求原因1、2、3(一)及び(二)並びに4(一)(ただし、イ号物件の発光ダイオードが「上方と内側方向に向かって光を放射する」との点を除く。)及び(二)の事実は当事者間に争いがない。

二  イ号物件が本件考案の構成要件(四)に該当するかどうかについて検討するに、右争いのない事実に、甲第六号証の一ないし四、検甲第五号証の一及び二、第七号証、第八号証の一及び二、第九号証の一及び二、第一〇号証の一及び二、第一二号証の一及び二、第一三号証の一及び二、第一五号証の一及び二、乙第六号証によれば、以下の事実が認められる。

1  イ号物件の照明装置は、環状ケースの立上がり辺の上端部に、環状に複数の発光ダイオードのランプを配置し、それら発光ダイオードのランプが電池から給電される仕組みになっている。

2  発光ダイオードのチップに電流を流して光を放射させた場合には、レーザー光のような指向性のある光は得られず、あらゆる方向に拡散する自然放出光が得られるため、工業製品等に用いられる通常の発光ダイオードのランプは、発光ダイオードのチップの側方及び後方に反射板を設置し、前面にレンズを用いることにより、放射光を有効に前面に誘導する仕組みがとられている。

そのような通常の発光ダイオードのランプから放射される主要な光は、概ね二〇度ないし二五度の角度で拡がりを持った円錐形の光である(主要な光以外にも様々の方向に光は漏れる。)。

3  イ号物件の発光ダイオードのランプは、ランプから放射された円錐形の光の中心が概ねカラーコーンの円錐部分の頂部に向かうよう上向きに取り付けられており、放射光は、頂部に向かって斜め上に拡がって進むことになる。

イ号物件のカラーコーンは合成樹脂で成型されたものであって、その内側が鏡のように研磨されているわけではなく、微細な凹凸が生じている粗い表面になっているため、カラーコーン円錐部分の内側に到達した放射光のうち外側に透過するもの以外は乱反射をすることになる。

そのため、イ号物件は、複数の発光ダイオードのランプから放射された光によって円錐部分が全体的に照らし出されることになる。

4  本件考案の実施品として原告会社が製造しているカラーコーンにおいても、円錐部分が全体的に照らし出されるものである。

三  以上の事実が認められるところ、被告は、イ号物件の発光ダイオードの放射光が「上向き」すなわち鉛直方向に向かうとの主張をしていると解されるので、この点について検討する。

被告が、答弁書において、イ号物件においては、「光の放射方向は斜め上内側方ではなく上方である」とし、「コーンの下部が照明されるに過ぎない。」と指摘しているように、発光ダイオードの放射光が鉛直方向を中心に放射される場合には、イ号物件の発光ダイオードがカラーコーン円錐部分の下部内壁の間近に配置されていることから、放射光のうち相当量がランプ付近から透過することになり、円錐部分全体が照らし出されるというよりも、ランプ付近だけが際だって明るく照らし出されることになると考えられる。

ところが、イ号物件のカラーコーンの円錐部分が全体的に照らし出されることは前掲証拠から明らかであり、答弁書にいうような状態で照らし出されるわけではないから、イ号物件の発光ダイオードの放射光は、かなりの量がカラーコーン円錐部分の内側で乱反射しているものと考えざるをえないのであって、そうだとすれば、放射光が鉛直方向に向かって放射されているのではなく、鉛直よりも幾分内側に傾斜して放射されていると考えられる。

しかも、乙第六号証(被告の担当社員の陳述書)においても、イ号物件においては「発光ダイオードから発せられた光がコーンの頂部まで直接光が到達するように、発光ダイオードの向きは上方にしています。」と記載されているのであり、カラーコーンが円錐形であることからすれば、右陳述書にいう「上方」とは頂部に向かう「斜め上内側向き」と解するほかないところである。

本件においては、右認定を覆し、イ号物件の発光ダイオードの光がカラーコーン円錐部分の頂部に向かって(すなわち、斜め上内側方向に向かって)放射されていることに疑いを差し挟むべき事情は特に見当たらない。

四  右認定によれば、イ号物件の照明装置は、本件考案の構成要件(四)にいう「環状ケースの立上がり辺に所定の周間隔でもつて環状に配設され」「電気から給電されて」「光を放射する複数の発光ダイオード」によって構成されていることが明らかである。

また、イ号物件の発光ダイオードのランプの光は、カラーコーンの円錐部分の内壁面に沿う方向を中心としてその周囲二〇度ないし二五度の方向に拡がって放射されるものということができ、イ号物件の発光ダイオードの光の大半が鉛直あるいは外側に向けて放射されるのではなく、カラーコーン内壁面の「斜め上内側方向に向かって」放射されるということになる。

したがって、イ号物件が本件考案の構成要件(四)を充足することは明らかであり、これを業として製造販売する行為は、本件実用新案権の侵害行為に該当するから、原告らは、実用新案法二七条に基づき、被告に対し、イ号物件の製造販売の停止及びイ号物件の廃棄を求めることができる。。

五  なお、甲第二号証によれば、本件公報の詳細な説明には、本件考案の実施例が図面を交えて説明されており、その説明の中には、発光ダイオードの光線がカラーコーン円錐部分の内壁面に当たってその一部が透過するとともに乱反射され、透過と乱反射を繰り返しながら頂部に向かって円錐部分が照明されるという記載があり、発光ダイオードから放射された約四五度の直線の光線がカラーコーン内壁に正反射しながら上昇している状況が第1図として図示されていることが認められる。

被告は、右のような実施例の説明をとらえて、本件考案によっては、発光ダイオードから斜め上に放射された光の大部分はそのままカラーコーンを透過するため、円錐部分の中央付近が照射されるだけで円錐部分全体が照射されることはなく、本件考案が実施不可能であるとか、本件考案の技術的範囲が右の第1図に示された実施例に限定されるべきであるなどと主張するようである。

しかしながら、発光ダイオードの光はレーザー光のような直線で表記することのできる光でないこと、また、鏡のように研磨された表面ではないカラーコーン円錐部分の内壁で光が正反射するはずがないことは明らかであるから、右の第1図が、本件考案に係る照明装置の働きを正確に模写したものでないことは自明のことであり、右の第1図は、あくまで、円錐部分内部での反射によって光が拡散され円錐部分が全体的に照らし出される仕組みを極端に単純化し抽象的に表現したにすぎないものというほかない。

したがって、右の第1図をもって、本件考案の構成要件(四)の「斜め上内側方向」という特段の限定が加えられていない記載文言を、その斜めとは具体的に何度の傾きでなければならないというように限定を加えて解釈すべき根拠とすることはできず、本件考案の実施可能性や技術的範囲に関する被告の右主張は失当である。

第二  抗弁について

一  抗弁1の事実は当事者間に争いがない。そこで、本件補正が旧実用新案法九条一項によって準用される旧特許法四〇条にいう要旨の変更に該当するかどうかついて判断する。

二  本件補正が、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にされたことは、本件実用新案権の出願公告の日が平成六年三月九日であることに照らして明らかである。したがって、旧実用新案法九条一項によって準用される旧特許法四一条によれば、出願当初の「明細書又は図面に記載した事項」の範囲内において実用新案請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は、明細書の要旨を変更しないものとみなされるから、本件登録請求の範囲に関する被告主張の五点について、原明細書又は原図面に記載した事項の範囲内にあるかどうかについて検討する。

一  カラーコーンの形態について

乙第一号証及び第三号証によれば、(一) 原図面1図、2図及び5図に記載されている円錐形道路標識の形状は、本件登録請求の範囲における「基台」「段部」「円錐形のコーン部」を有するカラーコーンの形状と概ね同様のものであること、(二) 原明細書は、出願当時普通に用いられていた合成樹脂製の円錐形道路標識の内部に照明装置を備える技術を説明するものであること、(三) 原明細書の考案の詳細な説明の中に「半透明体で出来た筒体」という記載があることが認められる。

したがって、カラーコーンの形状や材質に関する本件登録請求の範囲の記述は、原明細書又は原図面に記載した事項の範囲内にある。

2 環状ケースについて

乙第一号証によれば、(一) 原明細書の実用新案登録請求の範囲において環状ケースが「透明体」に限定されていた理由は、環状ケース内(立上がり辺に沿って立上がり辺の外側)に発光ダイオードを設置することにしていたため、発光ダイオードの放射光が立上がり辺によって遮断されてしまったのでは、円錐部分を内側から照らし出すという考案が成立しないためであること、(二) したがって、原明細書の考案においては、環状ケースを透明体にすること自体に技術的な意味があるのではなく、環状ケースによって発光ダイオードの光を遮断しないという点に技術的な意味があること、(三) 原明細書及び原図面の記載を通覧すれば、環状ケースに工夫を凝らして発光ダイオードの光が環状ケースに遮断されないことにすれば、環状ケースを透明体にすべき必要がないことを容易に窺うことができることが認められる。

したがって、本件登録請求の範囲においては環状ケースが「透明体」であると記述されていない点は、原明細書又は原図面に記載した事項の範囲内にある。

3 電池ケースについて

乙第一号証によれば、原図面には環状ケースの中に電池が収納されている様子が図示されていることが認められるのであり、原明細書の考案を実施しようとすれば、実施品の運搬の際などに電池が動くことがないよう、電池を収納する電池ケースが環状ケース内に設けられることになるのは自明のことであり、本件登録請求の範囲における電池ケースの記述は、原明細書又は原図面に記載した事項の範囲内にある。

4 発光ダイオードの配置について

乙第一号証によれば、原図面の3図には、環状ケースの立上がり辺の4か所に発光ダイオードが周間隔で配置されている様子が図示されており、本件登録請求の範囲における発光ダイオードの配置に関する記述は、原明細書又は原図面に記載した事項の範囲内にある。

5 スイッチ手段について

乙第一号証によれば、原図面1図及び3図には環状ケースにスイッチを設置した様子が図示されていることが認められるから、本件登鑑請求の範囲におけるスイッチ手段の記述は、原明細書又は原図面に記載した事項の範囲内にある。

三  右のとおりであるから、本件補正は、旧特許法四〇条にいう要旨の変更には該当しないといわなければならず、本件考案は、最初の出願の時点で出願されたことに変わりはないから、本件考案が本件補正の時点で出願したものとみなされることを前提として、先使用による本件考案の通常実施権あるいは本件考案の全部公知をいう被告の抗弁は失当である。

第三  原告らの補償金請求について

請求原因5(一)の事実は当事者間に争いがないところ、本件考案は、本件考案の作用効果や実施例に関する説明に接することなしに本件登録請求の範囲の記述だけから、その構成要件が何であるかを具体的に理解し、本件考案の技術的範囲を確定することができる程度に単純なものということはできない。

したがって、本件公報の本件考案の詳細な説明に匹敵する説明を付さないでされた本件警告は、旧実用新案法一三条の三第一項所定の「考案の内容を記載した書面を提示して」された警告には該当しない。

また、甲第五号証によれば、被告は、遅くとも平成三年一月二一日までに公開実用新案公報を取り寄せていることが認められるが、公開公報には、願書に添付した明細書に記載した考案の名称、図面の簡単な説明及び実用新案登録請求の範囲並びに図面の内容が記載されるが、考案の詳細な説明は記載されないところ(旧実用新案法一三条の二第二項四号)、公開公報に掲載された原明細書記載の実用新案登録請求の範囲の記載は「円錐形道路標識の底部内側に、透明体の環状ケースを設け、そのケース内に発行ダイオード、電池等を内蔵させたことを特徴とする道路標識」という簡略なものであり(乙第一号証、弁論の全趣旨)、被告が公開公報の記載に触れたとしても、イ号物件が本件考案の技術的範囲に含まれていることを知っていたと認めることはできない。

したがって、原告らの補償金請求は理由がない。

第四  原告らの損害賠償請求について

一  原告らは、イ号物件の販売という本件実用新案権侵害行為によって、その販売額に応じた実施料相当額の損害を被ったこと、被告が平成六年三月九日(本件実用新案権の出願公告の日)から平成八年六月三〇日までの間イ号物件を一個当たり三五〇〇円で少なくとも毎月五〇〇〇個販売し、これにより四億七二五〇万円以上の売上を得たことを主張をしている。

二  被告は、当裁判所から、右期間におけるイ号物件の販売数量及が販売価格を明らかにする帳簿について文書提出命令を受けながら、その帳簿を提出しないから、旧民事訴訟法三一六条により、右期間のイ号物件の販売数量及び販売価格に関する原告らの事実主張は、これを真実であると認めるのが相当である。

なお、被告が証拠書類として提出した乙第八号証ないし第一七号証は、被告の帳簿(原本)の一部を隠してコピーされたものにすぎないから、このような証拠書類の提出によって文書提出命令に応じた文書の提出があったということにはならない。

三  本件においては、本件考案出願以前から、発光ダイオードを内蔵した円錐形の道路標識・保安灯に関する先行技術が存在したという事情を窺うことができず、本件考案は、円錐形の道路標識・保安灯の分野に関する新規の技術的思想であると考えられる。また、本件考案の実施品の需要者は一般大衆ではなく限られた産業分野の企業等であって、実施品の宣伝広告に格別の費用・労力を要するとは考えられないし、本件考案の実施品を製作するのに特別な設備投資を要するとも考えられないから、本件考案の技術的思想がその実施品の販売促進に寄与する割合は比較的高いものといわなければなちない。

したがって、原告ら主張の販売価格の五パーセントという本件考案の実施料率は、妥当なものと認められるから、右一の売上金額四億七二五〇万円の五パーセントである二三六二万五〇〇〇円が、原告らが被った本件考案の実施料相当の損害額と認められる。

第四  結論

以上の次第で、本件請求は主文一、二項の限度で理由があるからこれを認容することし、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹中省吾 裁判官 橋詰均)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例